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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)2731号 判決 1964年6月10日

原告 小池寛

右訴訟代理人弁護士 福田末一

被告 伏木よね江

主文

原告、被告間の東京地方裁判所昭和三一年(ユ)第三一六号建物収去土地明渡宅地建物調停事件の調停調書につき、同裁判所が昭和三七年三月三一日執行文を付与した執行力ある正本に基く強制執行はこれを許さない。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

本件につき東京地方裁判所が昭和三七年四月一四日になした強制執行停止決定を認可する。

前項に限り仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

原被告間の東京地方裁判所昭和三一年(ユ)第三一六号建物収去土地明渡宅地建物調停事件につき、昭和三一年七月四日東京地方裁判所民事第二二部に於て調停が成立したこと、同三七年三月一日、その調停調書に同裁判所で執行文の付与をしたことは当事者間に争いがない。右調停によると、原被告間では、東京都品川区西大崎四丁目八一四番地所在の宅地六一坪の内三一坪につき賃貸借契約が締結され、賃借人の本件原告は賃料を毎月末日限り、賃貸人の本件被告方に持参又は送金して支払うこと、その賃料延滞額が六ヶ月に達した時は、被告は催告をなすことなく土地の賃貸借契約を解除することができ、この場合には原告は自己所有の建物を収去して土地を明渡し、契約解除後明渡済まで賃料相当の損害金を支払うということが約されていたこと、原告に六月以上の賃料延滞ありとして原告が被告より本件契約の解除の意思表示を受けたことはいずれも当事間に争いがないが、解除の前提条件たる債務不履行の有無について以下判断する。

原告が、昭和三六年一一月一三日、同年八月乃至一〇月の賃料合計三、二五五円を東京法務局に供託したこと、原告が同三六年八月以降同三七年一月分迄の賃料合計五、七六六円を東京法務局に供託したことは当事者間に争いがないが、被告は現実の提供がないから右供託は無効である旨争うのでこの点を判断するに、原告本人尋問の結果によると、原告は昭和三六年四月末に、同年八月乃至一〇月の三ヶ月の賃料を前納せんと被告方に持参したところ被告が居留守を使つた為支払うことができず、その後同じ様なことが二、三回あり、原告は同年一一月になつて右三ヶ月分の賃料を供託するに至つたことが窺い知られ、更に≪証拠省略≫を綜合すると、原告は小池寛と弁護士福田末一は、調停条項(五)による地代の支払が六ヶ月遅滞すると本件契約が解除されることになるので昭和三七年一月三〇日の午後五時半頃、同三六年八月以降同三七年一月分迄の賃料計五、七六六円を持参して被告伏木方を訪れ、地代受取証まで用意し、被告の方で地代を受取ると言いさえすれば何時でも支払う用意をして訪問したのであるが、被告宅にて原告が声をかけたところ被告の返事があつたので、福田弁護士が地代を持参した旨告げたところ、全然返事がなく、やむなく一度原告方にもどり三、四〇分経つた頃を見計らつて右両名が再び被告宅を訪れると、被告方には電灯がついていて被告の在宅なことが明らかなのにも拘らず何ら返事がなく、従つて賃料を支払うことができなかつたという事実を窺い知ることができるのであり、≪証拠の認否省略≫他に右認定を覆すに足る証拠はない。

かような事情の下においては、右供託は現実の提供に基いてなされたというの外はないので、この供託は有効であり、原告は昭和三六年八月以降同三七年一月迄の六ヶ月分の賃料を弁済したことになる。従つて本件調停条項(五)に基き賃料延滞が六ヶ月分以上になつたことを前提とする被告の前記解除の意思表示は前提要件を欠き、無効のものというべきである。従つて本件調停調書(五)に基き、本件賃貸借契約が解除されたことを理由として執行文の付与を受けた債務名義に基く強制執行は許されないといわねばならない。

ところで原告は本件債務名義の全面的執行力の排除を求めているが、前記の執行文付与に基くものについてのみ正当であり、その他の部分は理由のないこと明かである。

よつて原告の被告に対する本訴請求は右認定の限度において理由があると認めてこれを認容し、その他は棄却すべく、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九二条但書を、強制執行停止決定の認可並びに仮執行の宣言については同法五四八条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 柳川真佐夫)

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